忍者ブログ

望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


労働者の国(5)

 これらの事件を考えるうち、私は「雇用や賃金は企業から提供されるもの(少なくとも、企業が主導するもの)」と無意識に頭のどこかで考えていた自分に気がついた。そういう観念は少なくともこの国ではあまり一般的ではないらしい。

 職と報酬は揺るぎなき「権利」であり、それを制限したり剥奪したりする企業は社会的に非難され制裁を受けてしかるべきだという考え方、それがどうもドイツ流の職業観であるように思える。さらに言えば、こちらでは企業=経営者というニュアンスが非常に強く、労働者の企業への帰属心が想像以上に希薄なのではないかと感じた。ここでは労働者は労働者としての権利の上に座す自律的存在となり、むしろ同じ権利を束として交渉力を増すために横に連帯するわけである。

 普通、企業が労使を包摂する概念と捉えられる日本とは、この点どうも感覚的な違いがあるように思われる。日本の労働者が労使交渉に際して自社製品をゴミ箱に捨ててアピールする姿などは想像しにくい。
 
 さらに印象的なのはこうした労使紛争に際して政治のハイレベルでの介入が目立つことである。日本では責任ある政治家が特定企業製品のボイコットを国民に呼びかけるなど、想像を絶する光景であろう。これは現在の大連立与党の一角、SPD(社会民主党)が労働組合と極めて密接な関係にあることと無縁ではないだろうが、こうした状況下で政府の市場介入への躊躇が全くないことは、底流に流れる経済政策思想の根本的な相違が浮き出ているように思えて興味深い。
 
 過酷な労働条件や失業の危機に直面して、抵抗、反対運動が生じるのは洋の東西を問わずごく当然のことである。ただその手法や展開には各々の労働観が否応なく示されるものだと思う。日本では久しく労働紛争が巷間を賑わすことはない。労使の問題は共同体としての企業の内部で協調的に、暗黙的に解決される。そういう擬制がかなりのところまで通用している。「はじめに企業ありき」であって「はじめに権利ありき」ではない。

 その点、ドイツは何と言ってもマルクスの故郷である。いやむしろドイツの特殊性というよりも、権利が権利としてひとり立ちせずに企業社会にくるまれてしまっている日本社会のあり方のほうが、先進資本主義国の中では際立って特殊なのかも知れない。
PR

労働者の国(4)~NOKIAの工場閉鎖

50361596_14230427_slide.jpg  今回の移転で職を失うとされる労働者はおよそ2000人に上るという。政治家は自治体レベルから連邦政府まで一斉にNOKIAを批判した。
 中でもSPD(社会民主党)党首のKurt Beck(左)は「あからさまな詐欺だ」と厳しく批判し、「ドイツには8200万人の消費者がいる」と半ば恫喝気味に決定撤回を要求した。Merkel首相も即座にNOKIAに話し合いを呼びかけ、労働者側を支援することを明言した。さらに一部の政治家はNOKIA製の携帯の使用をとりやめ、なんとNOKIA製品のボイコットを国民に呼びかけた。

 寡聞にして日本で似たような事例を聞いたことはないが、2000人規模の工場の移転、それも外資企業の撤退に際しこれだけの規模で政治的な反応があることはまずないと思う。この国の政治家たちの失業問題に対する敏感な感性がうかがい知れる。

nokia3-artikel.jpg 発表数日後からBochumでの大規模なデモ活動が連日のようにメディアを賑わした。NOKIA従業員のみならず、地元Bochum市民や各地から労働組合員が集まり、その数は2万人にのぼった。
 「NOKIAはBohumに残れ!(NOKIA Bochum muss bleiben!)」との垂れ幕を掲げた労働者たちが工場前に集結して気勢をあげ、NOKIA製品のボイコットを呼びかける。パフォーマンスの一角として、NOKIAの文字NOKIA.jpgの入った棺桶が葬送されたり、携帯がゴミ箱に投げ捨てられたりした。
 余談だが、2月上旬、世相を風刺した山車を出すことで有名なケルンのカーニバルでは、NOKIA携帯の形をした刃物に背後から串刺しにされた人形が練り歩いた。



 報道によればNOKIAは前期は過去最高益を叩きだしており、経営難に陥っているわけではない。純企業戦略的な理由ということになるが、これがまた各方面の反発を高めているようである。
 2月20日現在、連邦政府の働きかけやボイコット運動にも関わらず、NOKIAは頑なな態度を崩していない。撤退やむなしの空気の中、議論の焦点は撤退時期の延長、NOKIAが90年代に州政府から受給していた補助金の返還、移転により職を失う労働者の再就職対策や補償に移りつつある。


労働者の国(3)~NOKIAの工場閉鎖

 もう一つはフィンランドの携帯電話製造会社、NOKIAに関するものである。
d2f1548ejpeg
 ドイツではNOKIAの存在感は大きい。どの携帯ショップでも店頭に並ぶ機種の多くはこNOKIAのもので、この会社の欧州における市場占有力をうかがわせる。ちなみにこちらでは日本ほどいわゆる「着メロ」が普及していないせいか、着信音を購入当初の設定のままにしている人が多い。そのため街中でNOKIA独特の着信音を耳にする機会は実に多い。ドイツ人の日常生活に溶け込んでいる外国企業の一つであると言えよう。

 そのNOKIAが現在ドイツ世論の厳しい批判に曝されている。原因は同社が今年一月中旬、ドイツ北西部のBochum(ボーフム)市にある携帯組立工場の閉鎖を決定したことにある。

Lage_des_Ruhrgebiets.png BochumはNordrhein-Westfahlen(ノルドラインーヴェストファーレン)州の中核都市のひとつである。この地域はRuhrgebiet(ルール地方)と呼ばれ、19世紀後半からドイツにおける一大工業中心地として栄えたことで知られる。第一次大戦後、ドイツの戦後賠償の担保としてフランスがいわゆる「ルール占領」を行ったことで世界史の表舞台にも登場する。しかしその重厚長大の産業構造からの転換が遅れたため、戦後ドイツにおいては次第にその経済的地位は低下した。むしろ全盛期に膨れ上がった人口をこの凋落傾向の中でいかにして養うかが現在この地域の直面している最大の課題となっている。旧西ドイツ地域の中で最も失業率の高い地域ともいわれ、雇用問題に関してはドイツの中でも特に敏感な地域であると言えよう。450px-Bochum_Nokia01.jpg
 
 NOKIAは構造転換を図るこの地域が苦労して誘致に成功したハイテク企業という位置づけである。この意味でもBochum市のショックは大きかったようである。同社の決定の理由は、端的に言って国際競争の中でコストのかさむこの地域での生産を維持することはできない、というものである。報道によればBochumの欧州での生産拠点としての機能はルーマニアの地方都市の移転される予定であるという。同国は2007年1月にEUに加盟している。安い労働力を求め域内を移動する資本、この事件はEU統合の一断面をわかりやすい形で示している。(
右はBochum市のNOKIA工場。)


労働者の国(2)~ストライキ

 ただ面白いことに、世論調査では一貫してGDLに同情的な声が多数を占め続けた。秋口にいったん経営側に傾きかけたかに思われた時流も組合側を押し切るところまではいかなかった。

Wolfgang_Tiefensee.jpg
 結局「クリスマス前に合意に達したい」との双方の要望はかなわず、交渉は年を越した。またもやスト実施の危機が迫る中、一月中旬にWolfgang Tiefensee連邦交通相(左)の仲介30191-schellddp_016F0800D891A2A8475566b816e6.jpgがようやく功を奏し、電撃的に合意が成立することになった(右)。結果的にGDL側の主要な要求が大きく認められる形となり、Schell組合長は満面の笑顔で記者会見にのぞみ、「GDLにとって歴史的な日だ」と満足げに語った。この国ではストが交渉手段としてまだまだ実効力を持っていることが実証されたことになる。
 
 ちなみにDB側がこの協約から生じる負担増を運賃引き上げで補う意図を示すと、一斉に批判的な記事がドイツ各紙を踊った。全国紙のDie Welt紙には”Bahnchef droht seinen Kunden(鉄道経営者は自分の顧客を脅迫している)"という見出しがつけられた。普段は冷静で事実を淡々と報告する新聞であるだけに、この感情的な報道ぶりは非常に印象的で、労働者の地位向上への高い関心と経営者に対する反感が感じられた。

28199-bahnddp_016EAC008D9BA352.jpg 日本人の目から見れば少しバランスを欠いているように見えるが、これがこの国の常識のようである。学生の自分ですら不便を感じたのだから、一般通勤者の迷惑ははかり知れない。それでも組合側は最後まで世論の反発を招くことはなかったのである。

労働者の国(1)~ストライキ

 ドイツでは日本に比して労働関係の話題がニュースになることが多いように思われる。その中でも特に印象的だった事件を二つ紹介したい。

 ひとつはドイツ鉄道(Deutsche Bahn、DB)におけるストライキである。
 日本では鉄道のストなどはほとんど過去の遺物となっており、何やらレトロなイメージすらある。仮に発生したとしても儀式的に1、2日行うだけで、実際に賃上げ交渉を大きく左右するような意味は少ない。

a055c018.jpeg ところが今回のドイツ鉄道のストは、賃上げ交渉と並行してなんと半年以上にわたり断続的に行われた。交渉が暗礁に乗り上げるたびに全ドイツ規模でストが実施されたため、この間ドイツ国民は交渉の行方から目が離せなかった。ちなみに自分も3回ほどストで足を奪われた(左はストにあった乗客に情報提供と飲み物のサービスを行うDB職員)

 問題の発端はGDL(Gewerkschaft Deutscher Lokomotivführer、ドイツ機関士労働組合)という労働組合である。ドイツ鉄道の機関士の大多数を組織する労働組合で、昨年3月の賃上げ交渉の際に他の労働組合と異なる独自の労働協約(つまり機関士独自の労働協約)を求め、31%の賃上げや労働状況の改善などを求め752049_1_AH_20070806914_20070806.jpgた。交渉が行きづまった6月上旬、GDLは無期限のスト突入を宣言し、以後断続的に全国規模のストが繰りかえされることになった。組合長であるManfred Schell氏(右)は毎日のようにメディアに取り上げられ、一躍時の人となった。秋に入るとさすがの異常事態に政府も傍観できなくなり仲介に乗り出したが、すぐには成果が上がらなかった。

 交渉の大きな山場であった10月は特にストライキが頻発した。一面の見出しに「今日のストライキ予報」なる欄が設けられた新聞もあった。大手の自動車レンタル会社はストのおかげで収益が大幅に増大し、遊び心からかSchell氏への感謝広告を出した会社もあった。

Margaret.JPG.jpg この時期、DB側は”Stoppen Sie diesen Wahnsinn, Herr Schell!”(こんな気違いじみた行いはやめなさい、Schell氏!)と題した新聞広告を打つなど、両者の対立は最も先鋭化した。(左はDBの交渉担当者、Margret Suckale氏。)

 
 ちなみに交渉が最も過熱していた10月にSchell氏が3週間(!)の休暇をとったことがちょっとした話題になった。日本で同じことをすればマスコミに徹底的に叩かれ、国民はもちろん組合員の信頼も一気に瓦解していたことだろう。ドイツでは休暇は不可侵の権利である。

03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
HN:
Ein Japaner
性別:
男性
職業:
趣味:
読書、旅行
自己紹介:
三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
[12/16 abuja]
[02/16 einjapaner]
[02/09 支那通見習]
[10/30 支那通見習]
[06/21 einjapaner]

Amazon.co.jp

Copyright ©  -- 望雲録 --  All Rights Reserved
Designed by CriCri / Powered by [PR]
/ 忍者ブログ