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望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

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Der Papst gegen die Bundeskanzlerin 教皇の蹉跌(3)

eaecd095.jpeg 今回の騒動を厳しく糾弾したシュピーゲル(Der Spiegel)紙の表紙には、大きく手を広げて笑みを浮かべる教皇の姿の上に大きく"Der Entrückte"という表題がつけられていた。和訳すれば「隠遁者」「浮世人」といったニュアンスだろうか。事件の発端当初から教皇も教会も事態をそれほど深刻にとらえていなかった。関係者の話によると教皇はマスコミの批判など意に介していないがごとく上機嫌で、バチカン幹部も時が経てば過熱した報道合戦も自然と収束すると考えていたという。

 しかし実際に教区民から厳しい批判にさらされたドイツの司教たちにとって事態は切迫していた。何の具体的な措置も取らないバチカンに対するドイツ司教たちの批判の声は日増しに高まり、事態は一向に鎮静化の傾向を見せなかった。バチカンの対応は常に後手に回り、一か月後に追い込まれるような形でウィリアムソン牧師にホロコースト否定論の撤回を要請することになった。
 結局2月末にはウィリアム牧師が「エセ歴史家の説に惑わされた」「自分の言葉で多くの人の怒りを招いたことを神の前で許しを請いたい」と述べ、事実上の前言撤回と謝罪を行ったため、この問題は一応の区切りをつけた。しかし事件以来、長年抑えてきたタガが外れたかのようにドイツメディアの教皇の発言や行動に対する「監視」の眼は厳しくなり、教皇の保守的な発言や行動は逐次批判的な報道に曝されている。カトリックの全面敗北と言って過言ではないだろう。
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 この一連の騒動の中で最も耳目を集めたのは、メルケル首相が曖昧な対応に終始する教皇を正面から批判したことである。「教皇と教会は、ホロコーストの否定はあってはならないという立場を鮮明にせねばならない」と、ドイツという大国の政府首脳が明確な形で宗教団体の内部事項に介入したのである。
 本来一国の政府の首長が特定政治団体の人事案件に介入するのは政教分離の原則からすると異例のことである。それだけにこのメルケル首相の発言の衝撃は相当大きかったようで、カトリック内部では「ドイツ国内で反カトリックの嵐が吹き荒れている」との深刻な危機感を生みだし、結果として教皇のウィリアムソン牧師に対する前言撤回要求につながる大きな契機となった。メルケル自身の言葉の力というよりも、首相をここまで踏み込ませるドイツ世論の沸騰ぶりにバチカンは衝撃を受けたわけである。

 本来、民主主義という政治制度自体は決して反宗教的なものではない。むしろ民衆の思想の色に対しては無節操なまでに中立的で、宗教勢力が強い民主主義社会で宗教勢力が政治権力を得るのは当然の理屈である。ただそれは政治の宗教化のみを意味するのではなく、反作用としての「宗教の政治化」を意味する。政治が宗教的価値観に引きずられるのみならず、宗教が政治の価値観に引きずられ、倫理と世界観の保存者としての機能が権力維持という現実的課題の前にないがしろにされる危険性が常に内包されている。

 メルケル首相を擁するドイツ最大の保守政党の名は、言うまでもなく「キリスト教」民主同盟(CDU)であり、設立当初からキリスト教を明確な地盤として発展してきた政党である。この国の民主主義においてはこのCDUをはじめ様々な媒体が政治と宗教の距離を縮め、境界をあいまいにしている。それは言いかえれば、世俗を担う政治家達が宗教を世俗の世界に引きずり、宗教を担う聖職者たちが政治を自らの世界観に縛りつけようとする、綱引きの風景である。

 私は、今回のメルケル首相の教皇に対する「指導」が、今のドイツでこの綱引きの力関係がどちらに傾きつつあるのかをかなり明確な形で示しているのではないかと感じた。そして何よりドイツにおいては「政治」の側が単に「世俗」を代表しているだけでなく、それ自体一つの強力な「倫理・世界観」の担い手であるという事実を忘れてはならない。すなわち、ドイツの民主主義は単なる政治制度としての無色透明な民主主義ではなく、明確な敵と目標を備えた「戦う民主主義」であるという事実である。

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三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
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