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望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

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ウンテル、デン、リンデンの光芒(1)

DSCF5594.jpg「余は模糊たる功名の念と、檢束に慣れたる勉強力とを持ちて、忽ちこの歐羅巴の新大都の中央に立てり。何等の光彩ぞ、我目を射むとするは。何等の色澤ぞ、我心を迷はさむとするは。菩提樹下と譯するときは、幽靜なる境なるべく思はるれど、この大道髮の如きウンテル、デン、リンデンに來て兩邊なる石だゝみの人道を行く隊々の士女を見よ。胸張り肩聳えたる士官の、まだ維廉一世の街に臨めるに倚り玉ふ頃なりければ、樣々の色に飾り成したる禮裝をなしたる、妍き少女の巴里まねびの粧したる、彼も此も目を驚かさぬはなきに、車道の土瀝青の上を音もせで走るいろ/\の馬車、雲に聳ゆる樓閣の少しとぎれたる處には、晴れたる空に夕立の音を聞かせて漲り落つる噴井の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てゝ緑樹枝をさし交はしたる中より、半天に浮び出でたる凱旋塔の神女の像、この許多の景物目睫の間に聚まりたれば、始めてこゝに來しものゝ應接に遑なきも宜なり。されど我胸には縱ひいかなる境に遊びても、あだなる美觀に心をば動さじの誓ありて、つねに我を襲ふ外物を遮り留めたりき。」
 
 森鴎外『舞姫』の有名な一節である。主人公である明治国家の青年官僚が「西欧的近代」に一人対峙した時の衝撃と感嘆が、文章全体にはちきれんばかりに凝縮されている。この作品はその圧倒的な知名度を通じて、我々のベルリンという都市を見る目にも少なからず影響を与えているように思う。
 当時は「・」による表記法がなかったのか、鴎外の「舞姫」の中ではこの通りの名は読点によって結ばれている。それがこの言葉にある種異様な気迫を与えている。現在では「ウンター・デン・リンデン」と表記するのが一般的であるが、言葉がの800px-Unter_den_Linden_im_Herbst.jpgっぺりと平らになってしまって、鴎外のそれにある気迫は感じられない。原語はUnter den Lindenであり、上の引用文にもあるとおり、意味は「菩提樹の下」となる。大通りの一部には今も菩提樹並木が残っている。ついでに言えば、この界隈も含めベルリンは非常に緑豊かな街である。

 この通りの歴史は16世紀に遡る。当時のブランデンブルク選帝侯が居城と狩猟場であったTier Gartenを結びつけるために敷設されたのが始まりであるという。時代が下るにつれ国家建築が数多く建設され、ベルリンの発展史はこの通りを軸として展開していく。
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ベルリン~運命の沼地

 同日の夜、テーゲル空港に着く。ドイツの土をはじめて踏む。
 ベルリン。漢字表記では伯林と書く。人口およそ340万。言わずと知れたドイツ連邦共和国の首都である。小都市の多いドイツでは唯一圧倒的規模を有する大都市であり、一市のみで行政州としての地位を有する。欧州(EU)全体で見ても第二番目の人口数を有しており、名実ともに欧州の極をなす都である(下は熊をモチーフにした市の旗)。

800px-Flag_of_Berlin_svg.png ベルリンは19世紀後半にドイツ帝国が成立して以来、ドイツが常に欧州史の中心であったことから、一貫して国際政治の激動の渦中にあった。街中にもその激動の歴史を綴る歴史的遺産が数多く存在する。普仏戦争の勝利を記念して建造された塔であるジーゲス・ゾイレ、統一ドイツ実現を記念して創建され、第二次大戦で破壊されたままの姿を留めるカイザー・ヴィルヘルム教会などなど。しかし最も目を引くのはやはり「壁」に関わる遺産だ。

 ベルリンにおける最も著名な建築物といえるブランデンブルク門は18世紀後半に建設された。プロイセン王家の栄光を象徴するこの門はベルリンの壁建設とともに東ベルリンの西端となり、同時にベルリンの壁をも象徴する存在となった。壁崩壊時にこの門を背景にして歓喜する市民の姿を記憶している人も多いだろう。ベルリ
DSCF5567.jpgンの壁自体は今はほぼきれいに取り除かれているが、統一後ビジネス街として急速に発展したポツダム広場などでは、解説板とともに壁の一部が残されている(右写真)。また東西ベルリン間の往来を管理していたチェックポイント(Checkpoint Charlie)は著名な観光スポットになっている。
 ベルリンの壁は二層構造になっていて、その間は数十メートルの「無人地帯」が広がっていた。ポツダム広場を横切る大通りEberstrasseは、統一後その上に敷かれた道路である。記念碑的に切り出された壁の側に立ちながら、大通りを大量に行き交う車の流れを見ていると、冷戦が間違いなく歴史の1ページとなったことを実感させられる。

 ベルリンは良しにつけ悪しきにつけ、世界の歴史の一画を担わされた街である。この街の名はスラブ語のberl(沼地、泥沼)に起源をもつと言われる。中世にハンザ同盟の自由都市として発達したが、15世紀にブランデンブルク選帝侯の居住都市とされ、その自治権を失った。結果としてはこの瞬間が運命の転機となった。この「沼地」自身もよもや自分が全世界の分断と再統合の舞台となるとは想像しなかっただろう。運命は人も街も同様に数奇である。


機内にて

 ドイツへの航路は、成田出発後に一気に日本列島の最北端まで北上し、そこから広大なシベリア原野の上を通過して向かうこととなる。こちらを昼に立つと地球の自転とは反対方向に飛行機が飛ぶため、飛行機の外は常に明るい。

 機内ではドイツ映画「善き人のためのソナタ」を見る。原題は〟Das Leben der Anderen"アカデミー賞外国語映画賞を受賞し日本でも結構名前が知られている。ドイツ映画は構成が骨太でスジがはっきりしているというのが個人的な印象だが、この映画もまさにそういう意味でドイツ的だ。主人公の最後の言葉“Nein, das ist fur mich.” などは、耐え難いほど露骨な演出だと感じる人もいるはずだが、個人的には映画の解釈を無責任に観客に投げ出そうとしない真っ向勝負の姿勢には好感を持てた。

DSCF5551.JPG
 現地時間の夕刻にフランクフルトに着く。ベルリンまでのフライトにはまだ時間があったので、国内線の乗り換え待ちの間、ドイツ初めてのビールを口にする。軽めの銘柄だったが、まずまずうまかった。

出発

 出国準備と入国後の生活構築に追われ長らく更新できなかった。

DSCF5541.JPG 出国前、数多くの友人、知人と会って話をした。皆さまざまに気を使い、温かな言葉で自分を励ましてくれた。実に多くの人々に勇気と自信を与えてもらったものだと思う。これだけ多くの知人、友人達の温かな気持ちに触れることができるのは、今回が最初で最後かもしれない。皆の期待を裏切らぬためにも、現地でしっかり自己研鑽に努めたい。
 フランクフルト経由でベルリンに向かう。成田からフランクフルトまでは12時間。明治の留学生は現地到着まで約1ヶ月半を要した。現代は地球が著しく縮小している。


ドイツを訪れた日本人

 渡航までにはまだ時間があるので、ドイツ留学の経験がある著名な日本人の足跡を簡単におさらいしておきたい。

 前回の記事にも書いたが、旧帝国陸軍はドイツ軍制を模範としてその導入に努めた。この方面での有名どころは、川上操六、桂太郎、乃木希典、石原莞爾など。ちなみに「舞姫」のためにこの時代のドイツ留学生の中で最も知られている森鴎外の渡独も、陸軍軍医として医学を学ぶためであった。

 医学で言えば鴎外とともに当時の細菌学の世界的権威、コッホに師事した北里柴三郎、その内務省衛生局における先輩にあたる後藤新平がいる。近年その民政家としての歴史的評価が高まっている後藤も、当初は医師としての留学であり、ミュンヘン大学で博士号を取得している。
 理系という括りならば、物理学者の長岡半太郎、ノーベル賞受賞の量子物理学者の朝永振一郎などがあげられる。また、『武士道」で有名な新渡戸稲造は、ジョンズ・ホプキンス大学からボン大学にうつり、ここで4年間農政学を研究している。
 
 法律関係の留学も盛んであった。明治憲法がプロイセン・オーストリアに留学した伊藤博文らにより当時のプロイセン憲法を範として策定されたことを皮切りに、穂積陳重、八束兄弟、そして八束の後継者である「高天原憲法」の上杉慎吉、天皇機関説の美濃部達吉。いずれもドイツ留学組であり、とりわけ公法分野におけるドイツの影響力の強さが表れている。

michi.jpg 芸術面で言うとやはり音楽が強い。「荒城の月」の滝廉太郎、日本オーケストラのパイオニアといえる山田耕筰や近衛秀麿もドイツ留学を経験している。絵画は相対的に少ないように思えるが、『道』(左画像)で有名な東山魁夷はベルリン留学の経験がある。個人的に非常に好きな画家である。

 哲学面では田辺元、九鬼周造、三木清、和辻哲郎など、ハイデッガー全盛期のドイツ哲学を享受した層が手厚い。その他、外交官として高名な青木周蔵、幕末志士の品川弥二朗などもドイツ経験がある。

 キリがないのでこの辺りでやめるが、少なくとも戦前期においては、かなり想像に忠実な学問分野の摂取が行われていたと考えてよいのではないだろうか。


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HN:
Ein Japaner
性別:
男性
職業:
趣味:
読書、旅行
自己紹介:
三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
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