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望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

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Der Papst gegen die Bundeskanzlerin 教皇の蹉跌(1)

 現在のドイツ連邦共和国という国は主知的というか理性的というか、非常に前衛的で人工的な性格を前面に呈しているが、一方でその古層にはゲルマン民族が長くにわたって紡いできた伝統や慣習が澱のように沈殿していて、現在でも社会のところどころにその名残を留めている。この相反する二つの要素の摩擦と妥協とが現在のドイツという国を形づくっているのであり、この奇妙な混交状態は時に魅惑的で、時にまがまがしくもあるが、知的関心の対象として刺激的であることだけは間違いない。多くの日本人の先入観に反して現代ドイツの性格を一義的に把握することは決して容易な作業ではないのでないのである。こうした主題について考える際、この国とキリスト教との関わりは格好の素材を提供してくれる。

 外国人として個々のドイツ人と付き合う際、宗教ーここではほぼキリスト教と同義だがーの重みを実感させられる瞬間はあまりない。普段の会話で信仰や宗教上の問題が話題に上ることはまずないし、ロザリオや聖書を持ち歩いている人もいない。教会以外の場で十字を切ったり、祈りを捧げたりするドイツ人の姿も見たことがない。とりわけ若者の宗教感覚は日本人のそれに近く、モラルは高いが宗教的にはほぼ無色な人間が大多数であるように思える。統計的にざっくり捉えるととカトリック3割、プロテスタント3割、無宗教3割、その他1割ということだが、少なくとも都市部における皮膚感覚では宗教性はぐっと低くなると考えてよい。

 ただ、キリスト教やその関連団体が「制度として」社会にビルトインされている事例は至るところで観察することができる。そしてそのことは個々のドイツ人の宗教性とは別の文脈で、この社会におけるキリスト教の存在感を無視できないものとしている。

 身近な例としてはドイツ国民の祝日を考えてみればよい。ドイツの暦を繰ってみるとイースターからキリスト昇天祭、クリスマスに至るまで、、国民の休日のほとんどがキリスト教由来のものであることが分かる。きちんと調べたわけではないが、俗世関連のお休みは5月1日のメーデーと10月3日のドイツ統一記念日くらいではないかと思う。
 
 また日本でもよく知られているとおり、ドイツでは「教会税」の制度が未だ生き残っている。この制度はもともとキリスト教団体がドイツにおける実質的な社会福祉機能を代替していたことを前提に19世紀に導入されたもので、いわば国費による福祉政策の実行者としてのキリスト教団体の公認、という意味合いで捉えることができる。なお、この制度はいわゆる中世の「10分の1税」と異なることには留意しておく必要がある。
 今ではこの制度も国家の宗教的中立性を保つべく現代風にアレンジされており、「宗教世界観団体」という公法上の認可組織の布施の徴収を所得税という形で国が代行する、という仕組みになっている。従って国家の干渉を嫌い自力で布施を集めるキリスト教団体もあるし、またユダヤ教会のように非キリスト教でありながらこの制度を利用している組織もある。とはいえ現実にはキリスト教団体が恩恵を被っている面は否めず、もちろんドイツ国内でも廃止論は存在する。

 上述のように教会団体は昔からに様々な慈善活動を組織的に展開してきたわけだが、こうした伝統は現在に至るまで脈々と受け継がれており、教育や福祉の分野において非営利団体としての教会が発揮する組織力、影響力は強力なものがある。例えばカトリック系の社会福祉事業団体Caritasは失業対策や青少年更生、介護、老人医療や障害者支援から移民問題に至るまで、文字通りありとあらゆる社会分野にわたって活動する傘下組織を抱え、連邦全土で50万人の正規雇用を生み出している。私的団体としてはドイツ最大の雇用提供者であるという。

 こうしたキリスト教の非営利団体としての存在感、影響力を反映してか、宗教団体、中でもカトリック司教の人事や発言はメディアにのることが多い。その点では日本の仏教や神道組織関連の記事がマスコミに取り上げられる機会が少ないのとは対照的である。

 さて本題である。
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 こうした教会勢力の影響力は、保守的なことで知られるドイツ南部のバイエルン、とりわけ地方部で特に強いと言われる。現在の教皇ベネディクト16世(Benedictus XVI) はまさしくそのような村落で生まれ育った。ヨゼフ・アロイス・ラッツィンガー(Joseph Alois Ratzinger)は早くから聖職者を志してこの地方を中心に学業とキャリアを積み重ね、バイエルンの首府ミュンヘン(及びフライジング)大司教を務めた事もある。教皇選出当時、ドイツ、とりわけバイエルンは大きな熱気に包まれたという。

 今月、このドイツ人教皇がかつて「ナチのガス室が存在したという証拠はない」と発言し、先代のヨハネ・パウロ2世に破門された経緯がある司教を赦免したことが、ドイツ国内で大きな議論を巻き起こした。ことはメルケル首相までも巻きこむ政治性の強い騒動へと発展したが、この事件は現代国家であるドイツと教会との関わりを考える上で興味深い。

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そういや

小生がエゲレスに留学したばっかの時は現教皇猊下が選出されたばかりでドイツ人の子が「Everybody is crazy about him!」とか言ってましたっけ。彼の昔出したCDが売れてたとか。

>そういや

あーやっぱそんな感じだったんですか。今回の事件でもかつての教皇選出時の盛り上がりについて言及する報道が多く見られましたね。「我々こそ教皇である!」なんて調子こいた見出しをつけたB級紙まであったとか。それだけに失望も大きかったようですが、詳細は次回以降で書いていきます。

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三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
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