ドイツ語の文法はその複雑さで悪名高いが、これは一つには名詞に3つの性(男性、女性、中性)が存在することが原因である。名詞ごとにこの性を覚えなくてはならないのはもちろん、冠詞や形容詞がこれに応じて複雑に変化する。これがなかなか面倒で、初心者にとってドイツ語の敷居が高い理由の一つとなっている。
ただ名詞の性にもいろいろと法則があり、慣れてくると知らない単語でもかなり推測が利くようになってくる。そうした法則の中でもユニークなのが酒類に関わるもので、アルコール(Der Alkohol)に始まって、ウイスキー、ワイン、ウォッカ、果ては日本酒(Der Sake)に至るまで、イメージ通り全て男性名詞ということになっている。しかしこの法則には有名な例外がある。Das Bier、ビールである。
ドイツ人にとってアルコールの代表格であるはずのビールがなぜ中性名詞なのかについては、「ドイツ人は水同然に日常的にビールを飲むからだ」「ビールのアルコール度はドイツ人にとっては水並みに低いからだ」と、水(Das Wasser)が中性名詞であることを理由に説明されることが多いが、どうやらこれは単なる俗説らしい。真相はパン(Das Brot)が中性名詞であり、古来ビールはパンを砕いたものを水に浸して作られていたことから、同起源のものとして中性名詞となった、ということだそうである。
日本ではことドイツは「ビールの国」というイメージが強い。そしてそれは決して間違いではなく、ビールの種類の豊富さ、質の高さ、安さということに関しては、ドイツの右に出る国は恐らくないと思う。スーパーに行けばどこでも7~80セント(日本円で120円程度)で500mlの瓶ビールが買える。文字通り水より安いこともままある。そしてそれらのビールは基本的にすべて麦100%の混ぜものなしである。日本でいえばエビスやプレミアムモルツといった高級ビール並みの品質と味を備えたビールを、二束三文で手軽に楽しむことができるわけである。
先月英国に滞在していた折、ドイツ関連のもので唯一、ビールの味だけが懐かしくてたまらなかった。もちろんイギリスのビールもそれなりに有名なのだが、種類の豊富さでも質においても、率直に言ってドイツと比べられる性質のものではないと思った。なによりドイツビールは全国に遍く点在する多数の小規模自営醸造所が技を磨き続けてきた賜物で、街の酒屋に行けばレーベンブロイやパウラーナーといった大醸造所の酒と並んで必ず地元の醸造所の酒が置いてある。したがって非常に銘柄が豊富で、かつ競争も激しい。ドイツ以外の国では世界規模で展開する一部の大企業が市場を席巻しているのが日常的であるが、それに対して中小規模の醸造所が奮闘し、ビール作りの裾野が圧倒的に広く、深くなっているというのがこの国のビール事情の大きな特徴なのである。日本の造り酒屋が全国どこにでもあるのとちょうど同じような感覚だが、それらが国際的な巨大資本と質においても価格においても同等以上に渡りあっているのである。
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