日本ではユーロの話はよく知られているが、実際にEUが社会経済の領域において市井の庶民の生活に至るまで実態的な影響を及ぼしていることはあまり実感として伝わっていないように思う。
たとえば車のナンバープレートにはEUナンバーであることの表示があり、青いEU旗の下に各国の国号のイニシャルが記されている(ドイツは「D」)。以前紹介したことのあるサマータイムも全EUにかかる事項で、現在その有用性が欧州委員会で議論されているところである。入国管理でEU市民と非EU市民が別扱いなのは欧州の空港に着けばすぐに分かるし、教育では欧州共通の単位制度や統一的な語学力基準なるものまで存在する。日常生活でEUから切り離されている領域は皆無と言ってよい。欧州統合という現象は決して外交、国際政治の文脈だけでとらえ切れるものではない。国家を超越した立法、司法、行政が確かに脈を打って息づき、市民生活の末端に至るまで規定しているのである。
ドイツの2ユーロ通貨の側面には、以下のような文字が彫られている。
Einigkeit und Recht und Freiheit(統合、法、そして自由)
「主権国家」という概念は400年前にこの欧州の地で生まれた。今その概念は同じ欧州の地で静かに、着実に崩れつつある。この大陸の人々は、革命も戦争もなしに、幾十年の月日にわたる不断の努力を通じて、分厚い国家主権の壁に慎重に穴をうがち、現在の欧州の姿を築きあげてきたわけである。出来上がってしまえば簡単に見えるかもしれないが、その世界に類例を見ない機構を設計する規定の細部一つ一つには、先人達の汗と知恵と意志が滲んでいる。その結晶たるユーロに刻まれた文字は、彼らの自負と誇りの象徴と言ってよい。
街角でこの長い営為の様々な成果のかけらを目にするたび、頭の下がる思いがする。
PR