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望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

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ニュルンベルク~ゲルマンの都(5)

 ニュルンベルクの被害は、ドイツではドレスデンに次いで甚大なもの1945.jpgだったと言う。戦後直後には街そのものの放棄まで真剣に検討されたというから、復興事業は決して生易しいものではなかったに違いない。
 だが復興はこの街の黄金時代であった中世から近代初期の歴史的な面影を色濃く再現する形で、粘り強く進められた。現在ではニュルンベルクはドイツ有数の美しい観光都市として見事な再生を果たし、経済的にも中部ドイツを代表する大都市としての地位を確立している。この戦後史をニュルンベルク市民は誇りに思ってよいだろう。もちろん、それは戦後西ドイツという国家全般に当てはまることだろうが。

 ニュルンベルクには今でもナチス関連の史跡が多く残っている。中でも党大会会場関連の広大な跡地はよく保存されており、ぐるりと歩いて回るだけで往年のナチス権力の巨大さが体感できる。

 一連の建造物の中核にはコングレスハレ(Kongresshalle)というコロッセウム様式の建物が位置している。

kongresshalle.jpg このコンングレスハレ()は党大会に際しての主要会議場として建設されたものであり、現存する最大のナチス史跡である。戦後、一時ショッピングモールとして再開発しようという意見などもあったそうだが、却下され、長く用途が決まらぬまま倉庫などに使われていたという。今ではそうした荒んだ雰囲気が歴史を感じさせて、かえって味が出ている。

 現在内部は一部改装されDoku-Zentrumというナチス関係の資料館が入っている。非常に充実した展示内容で、ニュルンベルクとナチスとの関わりを多面的に概観できるようになっている。ドイツには各地にこうしたナチス時代を記録し記憶するための施設が数多く残され、また近年でも次々と新設されており、「過去の克服」に対するこの国の意気込みをうかがわせる。

DSCF7343.JPG このコングレスハレの脇には沼に挟まれて一本の巨大な通りが走っている。眩暈のするような広大な道で、かつてナチス党大会に際しては大行進のため使用することが考えられていた。道の先に旧市街のニュルンベルク城をのぞむことができるように設計されており、ナチスが神聖ローマ帝国との連続性を意識していたことをうかがわせる。

DSCF7348.JPG 大通りの途中まで歩いて、脇の林道にそれた。しっとりとした雨が静かに景色を濡らして、冬枯れの森をゆく足音が静かに響きわたる。広大な沼の対岸には無言のままコングレスハレが座していて、その両脇を黒々とした冬枯れの木が断末魔のようにうねりながら、ねずみ色の空へ幾本もの手を伸ばしていた。この街の背負わされた過去の重さを思わせる、陰鬱な景色だった。

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三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
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