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望雲録

のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲が輝いているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

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Der Papst gegen die Bundeskanzlerin 教皇の蹉跌(2)

richard-williamson_250.jpg  問題の発端はカトリック教会内の復古主義勢力「ピウス信心会(Piusbruderschaft)」に属するリチャード・ウィリアムソン(Richard Wiliamson, 左)というイギリス生まれの牧師である。この「ピウス信心会」という組織は1970年に設立された比較的新しい団体なのだが、時の教皇ヨハネ・パウロ2世の改革路線に反対し、伝統的なカトリック価値観への回帰を掲げ、キリスト教価値観に基づいた社会・国家の再生を求めている, いわばカトリック原理主義者の集団と言ってよい。離婚や同性愛の否認はもちろん、女性は大学で学ぶべきでないとか、啓蒙主義や人権概念は誤りだなどといった、いささか浮世離れした古色蒼然たる主張を行ってきている。

  その中でウィリアムソン牧師はいわゆる「ユダヤ陰謀論」に強くコミットしてきた人物とされる。以下は1989年に同氏が行った演説の抜粋である(Spiegel Onlineの独文記事抜粋を和訳)。

「ガス室で殺されたユダヤ人なんて一人もいない!そんな話は全て嘘、嘘、嘘だ!ユダヤ人は我々が恭しく膝を屈して新国家イスラエルを承認するように仕向けるため、ホロコーストを発明したのだ!」  

  まるでイスラム原理主義者と見紛うばかりの発言である。
  最も直近かつ問題となったのは去年12月、スウェーデンのテレビ局とのインタビューの際の以下の発言である。(インタビューを和訳。)

「私はガス室があったとは思わない…20~30万人のユダヤ人がナチスの収容施設で死亡したとは思う。しかし誰もガス室では死んでいない。」

  こちらは前掲のものに比べると幾分トーンが落ちており、「ユダヤ陰謀論」を前面に押しだすような雰囲気はない。だがこのインタビューが今年1月に放送されると、ドイツ国内に飛び火して大きな批判を巻き起こした。

  同氏の破門はこれ以前の1988年のことである。しかしその原因は少なくとも直接的には彼の思想にあるわけではない。この破門はピウス信心会の設立者であった人物が教皇の意志を無視して勝手に同会に所属するウィリアムソン牧師以下4名を司教に叙階したことに対する懲戒処分として行われた。叙階を与えた側、受けた側の合計6名にまとめて破門が言い渡されている。狭く見れば教会の叙階制度をめぐるトラブルに過ぎないが、広い文脈でいえばリベラル路線をひた走る当時の教皇ヨハネ・パウロ2世と原理派との対立が噴出した事件、と捉えることもできよう.

  この破門命令がピウス信心会の働きかけにより撤回されることになった。その時期がよりによって今年1月、時間関係でいえば上述のウィリアムソン牧師へのインタビューが流れる直前というタイミングになってしまった
のである。ただ、ウィリアムソンのインタビューの内容自体は波紋撤回命令の2日前にシュピーゲル紙が報じていた。後の報道によるとこの破門撤回を命じた教皇自身はウィリアムソンが悪名高い「反ユダヤ主義者」であることを知らなかったという。つまりバチカン内部ではあくまで「ピウス信心会との和解」が主要関心事項であり、誰もこの破門撤回命令がホロコースト否定との関係でここまで大きな波紋を呼び起こすことになるとは予測しておらず、教皇にこの問題点を指摘し再考を促す人物がいなかったのである。これ以上ない「間の悪さ」が祟った結果とはいえ、少なくとも現バチカン政府の鈍感さは責められてよいだろう。

  ただ、以下は個人的な見解だが、いわゆる「ガス室のウソ」についてはそれを主張する学者が現在も一部存在することはよく知られている。氏の過去の発言等を総合してみれば「反ユダヤ主義」と言ってよいだけの傾向が読み取れるのは確かだが、しかし「ガス室はなかった」というだけで悪魔のような批判を受けるのは行き過ぎではないか、少なくとも学問的な論戦を挑み屈服させるべきではないか、と思ったりもする。

   だが現在のドイツでそのような理屈が通る余地は皆無である。インタビューの収録地がドイツ国内のレーゲンスブルクだったので、放送直後より同地の検察は捜査を開始した。ドイツでは「ホロコーストの否定」は最大のタブーであり、刑法犯(国民扇動罪)だからである。学問的に検証してユダヤ人虐殺の根拠を揺るがすことなど許されない。現在でもしばしば思い出したようにその手の発言をする政治家や学者がいるのだが、表沙汰になった途端メディアの集中砲火を浴び、運が悪ければ逮捕され、社会的に抹殺されるのが通例となっている。

   以前からベネディクト16世に関しては、前任者ヨハネ・パウロ2世の輝かしい改革者としてのイメージと比べ、その保守的な言動や隠遁者的な統治スタイルのために、リベラル好きのドイツ人から不興を買うことが多かった。そんな中、よりによってドイツ人教皇が「ホロコースト否定論者」を赦免したというから、ドイツメディアは一斉に教皇批判に打って出ることになったのである。
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自己紹介:
三度の飯より政治談議が好きな30間近の不平分子。播州の片田舎出身。司馬遼太郎の熱狂的愛読者で歴史好き。ドイツ滞在経験があり、大のビール党。
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